デジタル化が進まない原因と提案!

2019/02/08

◆原因① 保険が適用されない

 義肢や装具の製作は、ほとんどが医療保険をはじめとするさまざまな保険制度の下で行われています。そして現在の保険制度では、手作業で採寸・採型すれば保険適用となり収入になりますが、デジタル機器で採寸・採型した場合は、保険制度の適用にならないため、お金がおりません。

 つまり現時点では、高額なデジタル機器を購入しても、それに見合う収入増が見込めないだけでなく、製作をデジタル化することで収入が減る可能性のほうが高い──そう考えるのが普通でしょう。

○提案 デジタル化の有効性を訴え、保険適用を目指そう

 これまで、義肢装具を必要とする患者はつねに一定数存在していました。爆発的に増えることはなくとも、ニーズ自体が消えることはないため、安定した市場であったといえます。さらに今後は高齢化が進み、ニーズが増えることも期待できます。

 ただし、ニーズが増えた分だけ、保険料が上乗せされるとは限りません。

 以前は公定価格の見直しが行われるごとに、原材料の高騰や人件費の上昇などが考慮され、少しずつ価格が上げられていきました。だからこそ、経営を続けるための利益を確保できていました。

 しかし近年は、以前ほど大きな見直しがありません。石油の価格が上がってプラスチックや接着剤などの石油化学製品が一斉に値上がりし、材料費が上がりましたが、義肢や装具の価格を勝手にあげることはできません。また、従業員の給与をずっと横ばいにするわけにいかないため、人件費は少しずつ膨らみます。そのため利益が減り、経営が苦しくなっている製作所はたくさんあります。

 少子化による税収の減少と、高齢化による医療費の増大。このふたつは今後確実に深刻化していきますから、どれだけ耐え忍んでも公定価格が上がることはないでしょう。保険収入のみで義肢装具製作所の経営が成り立つ時代は、もうすぐ終わるのです。これからは一般の人々をターゲットに、予防医学の観点から義肢装具士の専門能力を活かした新しい事業を立ち上げ、広く社会に貢献していかなければなりません。

 ただし、これまで通り一定数の患者は存在します。保険制度のもとで作る義肢装具がゼロになることはありません。そのため「デジタル機器を用いた義肢装具の製作が保険適用になる」これが理想です。

 法律の改正が必要ですから、実現は容易ではありません。しかしすでに述べたように、義肢装具製作現場にデジタル機器を導入することは、義肢や装具の品質を上げ、医療との連携を深め、患者さんに効果的な治療を提供する一助となります。

 いちはやくデジタル化を導入し、データを集め、デジタル機器の活用が「無駄な医療費の削減」につながることを立証できれば、訴えが取り上げられる可能性は十分にあります。

 それは業界全体で取り組むべき課題です。

 まだ「義肢装具士」という言葉が存在しなかった頃、義肢や装具を作る人々は自身の仕事の意義を社会に認めさせるため、国家資格化を求めて一致団結し、国に働きかけました。いまこそ再び同じ目的を掲げて団結し、新しい時代にふさわしい制度改革を強く求めていかなければなりません。

 一企業がどれだけ頑張っても、できることは限られています。業界全体が元気にならなければ、明るい未来を描くことなどできないのです。

◆原因② CADを学ぶ機会と時間がない

 仮にデジタル機器を導入したとしても、それを扱う知識と技術がなければ宝の持ち腐れになります。

 しかしいま現場で活躍している義肢装具士たちの中で、大学や専門学校で、または独学でCADを学んだことがあるという人は稀でしょう。日々の業務をこなしながら、今まで触れたことのない分野の専門知識をマスターするというのは、並大抵のことではありません。社員への負担が大きくなり、不満が出るかもしれないと不安になるでしょう。

「CADといえば、ソフトウェアだけで数百万円もするし、専門用語の勉強から始めないといけないから、とても素人が扱えるものではない」

 ひと昔まえのCADは、確かにそのようなものでした。そのため、二の足を踏んでしまう気持ちは十分に理解できます。

○提案 CADの基本は3日程度でマスターできる

 じつは、最近は簡単にCADを学ぶことができます。

 3万円程度で購入できる「家庭用3Dプリンター」を、見たことはありませんか?

 あれは本当に一般向けの商品であり、付属のCADソフトも素人が簡単に理解できるほど、簡易化が進んでいます。つまり3DプリンターもCADも、すでに一般人が使って楽しめるようになっているのです。

 さらに、メーカーやCADソフト会社としては、CADを扱える人間がどんどん増えなければ商売にならないため、無料体験セミナーなどを各地で開催しています。インターネットで検索をしてみれば、通える範囲にいくつか見つかるはずです。

 多くの講座では、1日体験、入門編、中級編、上級編といった具合に、レベルに合わせた講義を行っているため、予備知識ゼロの状態から勉強をスタートできます。講座の内容にもよりますが、だいたい3日学べば、基礎知識はマスターできるはずです。

「CADは難しい、自分に理解できるはずがない」などという思い込みを捨てて、一度講座に参加をしてみてください。

 義肢装具士は、CADの専門家になる必要はありません。患者さんに合う義肢や装具を設計するために、CADソフトの機能を活用できればいいのです。そのうちに「もしかしてこのCADソフトを使えば、こんなこともできるんじゃないか」という新しい発想や閃きが訪れるはずです。

◆原因③ 営業ノウハウがない

 デジタル機器を導入し、それを扱える人材を確保し、製作の効率化が実現しても、医師からの発注が倍に増えるわけではないため、保険収入は増えません。ヒアリングや適合に時間をかけて品質をあげれば、患者さんに喜ばれ、医師からの信頼もアップしますが、それを付加価値として価格に上乗せできるわけでもありません。

 では、デジタル化と人材育成に投資した分を、どのように回収すればいいのでしょうか? 

 保険外の事業で、利益を生み出すしかありません。

 しかし義肢装具士は学校でも現場でも、接客・営業のノウハウを身につける機会がありません。実際、20年ほど前にいくつもの義肢装具製作所が健康グッズや介護用品を販売する新事業を開始したことがありましたが、上手く商品を売ることができず、大量の不良在庫を抱えることになり、店をたたみました。

「儲ける」「利益を増やす」という言葉自体がタブー視される医療分野で仕事をしてきた義肢装具士にとって、一般的な営業や販売行為は馴染まない、苦手なことなのです。

 

○提案 患者データを活用し、提案力を鍛えよう

 ある義肢装具製作会社での出来事です。

 営業先のひとつである病院(仮にA病院とします)の担当者が退職し、後任の社員が引き継いでしばらくしてから、徐々に処方数が増えるという現象が起きました。

 A病院は付き合いが長く、医師からの信頼もあり、長年一定数の処方を確保してきた病院です。担当医が変わったわけでも、患者が増えたわけでも、訪問回数を増やしたわけでもありません。

 不思議に思って社長が尋ねても、その社員は特別なことは何もしていないと言います。しかしさらに詳しく訪問時の様子を聞いてみると、医師との打ち合わせの際、

「以前、このような患者さんの義足にこのパーツを使ったところ、動きやすいと喜ばれ、リハビリにも効果がありました」

 と、その患者さんに効果がありそうな提案をしていたことがわかりました。

 1章でも述べましたが、単に医師の指示を聞くだけではなく義肢装具の専門家として提案し、その提案が治療に有効であると分かれば、医師は同じケースの患者に対して同じ処方を出すようになります。

 これは、たまたま後任の社員に天然の営業力が備わっていたケースですが、社内で実績のデータベースを作成し、営業に出る社員に一台ずつ端末を持たせるようにして、さまざまな患者さんを想定したロールプレイを何度か行って練習すれば、誰でもできるようになるはずです。

 もちろん、処方が増えるといっても、その数は微々たるものです。デジタル化に投資した分を取り戻すほど増えるわけではありません。しかしまずはこの方法で営業力の基礎を身につけ、自信を養ってはいかがでしょうか。

○提案 役立つ周辺アイテムを提案しよう

 歯科医院に行くと、よく受付あたりに歯ブラシや歯磨き粉、歯間ブラシなどが並べられ、販売されているのを見かけるでしょう。定期的に歯科検診に行く人は「この歯の隙間部分は歯ブラシでは磨きにくいので、歯間ブラシを使うと良いですよ。受付のところで販売しています」などと、保険外のアイテムを勧められたことがあるのではないでしょうか。

 それは単に金儲けのためではなく、その人の歯の健康を保つために必要であると専門家が判断したからこそ、提案しているのです。

 義肢装具士も、たとえば整形靴を作って納品するとき、その患者さんが靴を履く動作をチェックして、履きにくそうにしていたら、靴べらを勧めてみる。ふらつきがあれば、杖の使用を勧めてみる。冷え性の患者さんなら、冷えとり靴下を勧めてみるなど、患者さんのためになる『プラスαの提案』は、少し意識するだけで、いくらでも出てくるはずです。

 もともと義肢装具士は、患者さんの様子を観察し、課題を見つけ出し、解決のための工夫を行うのが得意な職業です。その感性を義肢装具の外側にまで広げれば、患者さんが必要としているアイテムが、自然と見えてくるのではないでしょうか。

 どのような患者に、何を納品したときに、何を提案し、どのように喜ばれたか。

 そのデータを蓄積し、共有すれば、入社したばかりの新人であっても迷うことなく『プラスαの提案』ができるようになります。

 前章で、新しい時代には新しいニーズがあり、それに応えることで新しい役割や立場が生まれる、と述べました。それを見つけるためには、視点と発想を変える必要がありますが、それはあくまで今の業務の延長線上にあるものです。

「この患者さんのために、何かもうひとつ、役に立てることはないだろうか」

 まずはこのように考えて、自分にできることを模索し、社内で提案して、実現のための努力をしてみてください。

 そして患者さんを見つめる視点を、そのまま社会に向けてみれば、さまざまな問題を抱えて困っている大勢の人々が見えるはずです。その人々の問題の原因はどこにあり、義肢装具士として何を提供すれば解決するのか。その必要性を理解してもらうためにはどのような説得材料が必要で、何を準備すればいいのか......。

 新事業を立ち上げて顧客を掴むためには、営業ノウハウやセールストークなどのスキルも必要ですが、ビジネスを成功させるカギは〝差別化〟にあります。

 まずは義肢装具士としてできること、義肢装具士にしか提案できないことを追求しましょう。